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活動報告(2025-05-31)

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「矢島登拝道を歩いてみよう その2」開催

2025年5月31日(土)
かつて道者道(登拝道)と呼ばれた鳥海山の登山道は、針ヶ岡の一合目「箸の王子」から、二合目「木境」、三合目「駒の王子」、四合目「善神」、五合目「祓川」を通り、山頂の大物忌神社へと続きました。しかし、昭和になり祓川まで舗装道路が整備されると、そこを歩く人もいなくなり、今ではその痕跡をわずかに残す知る人ぞ知る古の道となってしまいました。

昨年(2024年6月)は鳥海高原花立から下って林道篭立場線を目指しましたが、今回は矢島城址(現在の矢島総合支所付近)から林道篭立場線を目指します。

まずは、かつて修験登山のスタート地点だったであろう「鳥海山 福王寺」へ。
福王寺は、和銅5年(712年)開基と伝えられる秋田県内でも有数の古刹で、矢島修験十八坊の学頭として、鳥海山の修験組織をまとめてきた修験寺院です。
住職のご厚意で、本堂内の「聖宝尊師(理源大師)」と「役小角(神変大菩薩)」の開創二尊像(由利本荘市指定有形文化財)を見学させていただき、お話しを伺いました。
聖宝尊師(しょうぼうそんし)は平安時代前期の当山派修験道の祖であり、役小角(えんのおづぬ=役行者)は飛鳥時代に修験道の基礎を築きました。鳥海山の修験道は美濃国土田からやってきた比良衛、多良衛という兄弟(矢島 土田の祖で開山神社の氏神)が開いたと言われていますが、福王寺の存在からも日本の修験道の一大勢力である真言宗系 当山派の色が濃いことがわかります。

古い石段を登った先に
山号額には「鳥海山」
住職からお話をいただきました
開創二尊像

矢島総合支所駐車場から県道32号を500メートルほど歩くと、路傍にいわゆる「追分石」がひっそりと現れます。道案内の石ですが、なんとか「仁賀保」の文字が読み取れます。ここ針ヶ丘からいよいよ旧登拝道に入ります。

うっすら「仁賀保」の文字が読み取れる
成長したイタドリに行く手を阻まれる

かつては定期的な刈払いも行われていたようですが、すっかり背丈を超えるほど成長したイタドリに行く手を阻まれます。階段の手すりは壊れ、足元も悪い中、刈払いをしながら慎重に進みます。
しばらく進むと歩くには支障のない道となりましたが、いたるところ倒木があり、それを乗り越えながらさらに進みます。

山菜採りに人くらいしか訪れないであろう山道にはひっそりと石碑が佇んでいます。かつては鳥海山登拝道として、また仁賀保方面へ往来の主要ルートとして、通る人が多くいたであろう山道はすっかり植物や鳥が主役に変わっていました。

ゆっくり慎重に進み、約2時間で林道篭立場線に到着。
昨年の実績とあわせ、普通に歩けば2時間半~3時間程度で花立まで歩けることがわかりました。さらに花立から先は、「史跡鳥海山」として木境神社や開山神社をはじめ、旧登拝道が比較的整備されています。0号目から山頂までの旧登拝道登山もまったくない話ではなさそうです。
まずは、矢島の街から花立までのトレッキングルートとして整備・管理されることが望まれます。

先人が辿った道、残した痕跡に価値を見出し、活かしていくことができれば、これからも地域の財産として保全していくことができるのかもしれません。
これからも、この道が埋もれてしまわないよう、注視していきたいと思います。


緑が昨年、赤が今回のルート
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