活動報告(2026-06-13)
「矢島登拝道を歩いてみよう2026」開催
2026年6月13日(土)
かつて道者道(登拝道)と呼ばれた鳥海山の登山道は、針ヶ岡の一合目「箸の王子」から、二合目「木境」、三合目「駒の王子」、四合目「善神」、五合目「祓川」を通り、山頂の大物忌神社へと続きました。しかし、昭和になり祓川まで舗装道路が整備されると、そこを歩く人もいなくなり、今ではその痕跡をわずかに残す知る人ぞ知る古の道となってしまいました。
一昨年(2024年6月)は鳥海高原花立から下って林道篭立場線を目指し、昨年(2025年5月)は矢島城址(現在の矢島総合支所付近)から林道篭立場線を目指しました。
今回は第3弾として鳥海高原花立から車道距離で約6キロ登った地点「森の休憩所」を目指します。
今回のルートには木境大物忌神社、開山神社と、史蹟 鳥海山を代表する建造物があり、その周囲は案内板をはじめ、登拝道も比較的整備されています。
出発に先立ち、市が制作した10分ほどの映像資料「史蹟 鳥海山」を鑑賞し、基礎知識をおさらいしました。

花立クリーンハイツを出発して程なく、道銭小屋跡の標柱が現れ、車道から登拝道に入ります。石碑や石灯籠など遺構が残り、往時の雰囲気を感じます。さらに、鳥海山を開山した比良衛と多良衛の兄弟を祀る開山神社、鳥海山信仰の中心だった矢島の修験衆徒の活動拠点である木境大物忌神社と、矢島修験の中心的建造物が現れます。
2つの神社からしばらく登った先に「仁乗上人碑」が現れます。仁乗上人は醍醐寺三宝院(京都)の修験僧で明徳2年(1391)に矢島口から鳥海山の登頂を果たしました。上人はその後も矢島口の開発に尽力し「鳥海山大権現記」の編纂など後の修験道にも大きな影響力を残しました。
ここから先は整備された道はなくなり、登拝道の痕跡を探りつつ森の中を進みます。杉の植林もありつつ、徐々に広葉樹の自然林となり、次々と巨木が現れました。
もちろん、様々な生き物が棲む森。ブナの大木には熊の爪痕がくっきりと残っています。
森の中の道なき道を「かつての道かもしれない」という楽観的視点で進むと、つづら折りの車道に比べて最短距離で進めている感覚もあり、車道に出たり森を進んだりを繰り返します。
そして車道沿いに整備された「旧登山道とブナ二次林」を抜けると、そこから先は尾根に沿って車道を歩き、森の休憩所に到着。
この日は晴天の土曜日ながら、桑ノ木台湿原に向かう人の数はまばら。近年、レンゲツツジの花が少ないということで訪れる方も減っているとのこと。それでも森の休憩所付近の池の周りにはたくさんのモリアオガエルの卵があり、恵まれた豊かな自然を感じることができます。
そして、鳥海山麓には豊かな自然に加え、史蹟 鳥海山の歴史的な魅力があります。それはここにしかない魅力であり、地域の宝です。「歴史」「自然」「アクティビティ」、このような要素をうまく絡ませ、ここにしかない観光資源として育てていくことが重要です。
これからもフィールドワークを通じて、地域の魅力を探り、次に繋げる活動を行っていきます。




























